日本在住20年、ブラジル出身の英語教師・LaisさんのSTORY ~暮らして見つけた日本を、旅と言葉で世界へ~

「日本には、きっとロボットがたくさんいるんだろうな」 13歳のLaisさんが、ブラジルから日本へ来る前に思い描いていたのは、そんな未来的な国の姿だった。

ところが、実際に日本へ到着して最初に目にしたのは、ロボットではなく、青々と広がる田んぼだった。
「想像していた日本とは違いました。でも、いい意味で。思っていたより、ずっと落ち着いた場所でした」
もう一つ驚いたのは、日本の夏の暑さだった。父親が以前暮らしていた彦根で、厚いコートを着て撮った写真を見ていたため、日本は寒い国だと思っていたという。

雪をかぶった富士山のイメージを抱いて真夏の日本へやってきたLaisさんを待っていたのは、ブラジルとは異なる、湿気を含んだ厳しい暑さだった。 それから20年以上。今では、その暑い夏の先に秋が来て、紅葉が始まり、冬、春へと景色が移り変わっていく日本の四季が、Laisさんの最も好きなものの一つになっている。
特に好きなのは秋だ。
紅葉があり、ハロウィンがあり、自身の誕生日もある。季節が変わるたびに、新しい楽しみがやってくる。かつて驚きの連続だった日本は、今では彼女が暮らし、働き、その魅力を世界へ伝える場所になった。

Laisさんのプロフィール

ブラジル出身。13歳の時に家族とともに来日し、現在は静岡県浜松市を拠点に活動する。ブラジル人やラテンアメリカにルーツを人々を中心とした英語学校を運営し、英語教育や海外研修を通じて、若い世代の可能性を広げている。
InstagramやYouTubeでは、日本各地への旅や暮らし、日本独自の文化・習慣をポルトガル語で発信。

Instagram
https://www.instagram.com/teacherlaiskawaata/
Youtube
https://www.youtube.com/@laiskawaata

3年間の予定から、日本での暮らしへ

Laisさんが家族とともに日本へ来たのは、2002年のことだった。
父方の祖父は鹿児島県出身。1933年、3歳の時にブラジルへ渡った。祖母も日系人で、ブラジルで生まれ育ったという。父親はブラジル生まれの日系二世で、母方にはイタリアのルーツがある。

Laisさんが生まれる前後、父親は1990年代の出稼ぎ労働者の一人として、すでに二度、日本で働いた経験があった。
そして2002年、父親が再び一人で日本へ働きに行こうとした時、母親が「今度は家族全員で行きましょう」と決断した。父、母、姉弟とLaisさん。家族そろって日本へ渡った。

当初の予定は、3年間働いた後にブラジルへ戻ること。しかし、日本の方が安定した生活を築きやすかったこともあり、家族はそのまま日本に残ることを選んだ。

現在暮らしているのは、静岡県浜松市。自動車産業が盛んなこの地域には、工場で働くために移住してきた多くのブラジル人が暮らしている。ブラジル人向けの学校や商店もあり、街の中でポルトガル語を使う機会も少なくない。友人の多くもブラジル人で、家族ともポルトガル語で会話する。

日本にいながら、ブラジルの言葉や文化と日常的につながっている。Laisさんは、二つの国の間を行き来するというより、日本の中にあるブラジル人コミュニティーとともに、自らの居場所をつくってきた。
日本で暮らしながらブラジルとのつながりを保つ。その独特な環境が、現在のLaisさんの視点をつくっている。

英語を通じて、若い世代に別の世界を見せる

Laisさんは現在、浜松で小さな英語学校を経営している。
生徒のほとんどはブラジル人で、そのほかにペルーなど、ラテンアメリカにルーツを持つ生徒が通っている。日本人の生徒も受け入れているが、自ら学校を探して訪れるのは、主にブラジル人やラテンアメリカ出身の家庭だ。

学校で大切にしているのは、教科書の知識だけではない。 「教科書は大切です。でも、教科書を読むだけでは、実際に言葉を話せるようにはなりません」 言葉は、試験に答えるためだけのものではない。人と話し、自分の考えを伝え、これまで知らなかった世界とつながるためのものだ。
Laisさんは、学校の生徒たちをオーストラリアなどの提携校へ連れて行く短期留学も企画している。

親や仲間から離れ、言葉の通じない環境へ行き、自分で考えて行動する。わずか1、2週間であっても、その経験は若者たちの将来を変えることがある。帰国後に起業した人、さらに学びを続けた人、海外へ移った人もいる。Laisさんの実感では、研修に参加した生徒の多くが、その後に何らかの新しい道を選んでいる。
英語を教えることは、単に語彙や文法を伝えることではない。自分が暮らす場所の外にも世界があり、今いる環境だけが人生のすべてではないと伝えることでもある。 Laisさんは、言葉を通じて、生徒たちが自分の未来を選ぶための入口をつくっている。

観光地だけではない、日本を伝えたい

英語教師として働く一方で、LaisさんはInstagramやYouTubeを通じて、日本での暮らしや旅について発信している。もともと旅行が好きで、夫婦で出かけた場所を記録し、動画を撮ることも楽しんでいた。

「好きなことを発信するのなら、それを仕事につなげることもできるのではないか」
そう考えたことが、YouTubeを始めるきっかけの一つになった。
Laisさんが紹介したいのは、東京、大阪、京都といった、すでに世界的に知られている観光地だけではない。岐阜や長野をはじめ、日本には海外の人にまだ知られていない地域がたくさんある。有名な場所だけに多くの観光客が集まるのではなく、少し違う道を選び、それぞれの土地を訪れてほしい。それによって混雑が分散され、地域の人々や環境にも良い変化が生まれるのではないかと考えている。

また、発信したいのは美しい景色だけではない。
寺院や古い建物を守り続ける姿勢、日本の礼儀やマナー、本音と建前という考え方。日本人にとっては当たり前でも、外国から来た人には理解しにくい文化や習慣を、その背景とともに伝えたいという。

文化についての投稿は、華やかな旅行動画ほど大きな反応を得られないこともあるが、それでも、発信を続けたいのは
「自分の生活を見せるだけではなくて、見た人が何かを学べるものにしたいんです。」

日本に20年以上暮らしているからこそ見えるものがある。同時に、ブラジルで育ったからこそ、日本人が意識していない日本の特徴にも気づくことができる。
Laisさんは、日本の外から来た人と、日本の中で暮らす人、その両方の視点を持っている。彼女の発信は、単なる観光案内ではなく、日本の暮らしや文化を別の言葉へ置き換え、世界へ届ける翻訳のような仕事でもある。

旅は、行った場所の数では決まらない

以前のLaisさんにとって、旅行は綿密に計画するものだった。訪れたい場所を調べ、時間を決め、予定どおりに一つずつ回る。限られた日程の中で、できるだけ多くの場所へ行こうとする旅だった。

しかし、すべてを予定どおりにこなそうとすると、旅は次第にチェックリストのようになっていった。次の場所へ急ぎ、まだ行けていない場所を気にしながら移動する。それでは、楽しむための旅が、かえってストレスになってしまう。
さまざまな旅を経験する中で、Laisさんの考え方は変わっていった。

「大切なのは、どこへ行くかではなく、誰と一緒にいるかだと思うようになりました」
海外の有名な観光地へ行く旅も、自宅から近い町へ出かける短い旅も、誰と時間を過ごすかによって、その意味は変わる。予定をすべて埋めなくてもいい。その場で見つけた場所に立ち寄り、同行する人との会話や、偶然起きた出来事を楽しむ。
旅の価値は、移動した距離や、訪問した場所の数だけでは測れない。
新しい景色を見て、新しい人や文化に触れ、普段とは違う角度から世界を見ること。
そして、その時間を大切な人と共有すること。それが現在のLaisさんにとっての旅である。

英語学校で、生徒たちにまだ知らない世界を見せること。SNSを通して、ブラジルや海外の人々に、まだ知られていない日本を伝えること。考えてみれば、Laisさんの活動はすべて、誰かを新しい場所へ連れて行く「旅」につながっている。

10年間、旅をともにした白のスーツケース

Laisさんが最初に使ったLegend Walkerは、友人から贈られた白いスーツケースだった。旅行が好きなLaisさんのために、友人が選んでくれたものだ。

Laisさんのスーツケース

それから約10年。そのスーツケースは、さまざまな場所へ一緒に旅をした。
特に記憶に残っているのが、友人たちと訪れたタイでの出来事だ。ボートを待つ間、仲間とUNOをすることになった。しかし、カードを広げるテーブルがない。そこで、白いスーツケースを横にして、その上をテーブル代わりにした。

スーツケースを囲み、旅先で友人たちとカードを楽しんだ時間。その場面は、観光名所の景色とは違うかもしれない。それでもLaisさんにとっては、旅を思い出す象徴的なひとときになっている。

スーツケースは荷物を運ぶだけのものではない。時にはテーブルになり、人が集まる場所になり、その旅の記憶の一部にもなる。
白いLegend Walkerは、2025年に生徒たちとオーストラリアへ行った際にも使われた。長年にわたって多くの旅をともにしたあと、古いスーツケースを引退させて、新しいものに買い替える時期だと決めた。

新しいスーツケースを選ぶ時、Laisさん夫妻が再び選んだのもLegend Walkerだった。長く使えたことへの信頼に加え、デザインやキャスターの使いやすさも決め手になったという。
旅のパートナーとしてスーツケースに求めるものを尋ねると、Laisさんは「Reliable(信頼性)」という言葉を挙げた。

信頼できること。
長く使えて、必要な時にきちんと動き、旅の途中で自分を困らせないこと。手に取りやすい価格でありながら、丈夫であること。
旅では、予定どおりにいかないことも多い。だからこそ、一緒に旅をする道具には、安心して任せられる存在であってほしい。約10年間使った白いスーツケースは、Laisさんにとって、まさにそんな存在だった。

数カ月前、Laisさんは新しく購入したLegend WalkerのスーツケースをSNSで紹介していた。

まだ知られていない日本へ

これからLaisさんが目指すのは、日本の魅力を、ブラジルだけでなく、より広い世界へ届けていくことだ。
有名な観光地を訪れるだけではなく、少し道を外れ、これまで知られていなかった町へ行ってみる。景色を写真に収めるだけではなく、その土地の歴史や文化、そこで暮らす人々が大切にしてきたものに目を向ける。旅先を選ぶ時には、その旅が地域や環境にどのような影響を与えるのかも考えてみる。

そしてこれからは、愛犬と一緒に日本国内をもっと旅してみたいという。まだ知られていない町や自然の中へ、家族の一員であるペットとともに出かけ、その土地で見つけた景色や体験を発信していきたいと考えている。

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3004-M-WIDE iCO+

Laisさんの3004-M-WIDE iCO+ / PETiCO ペチコ M-ワイド

愛犬Barneyは生後4か月の子犬。
今回Laisさんのインタビューに同行し、iCO+に乗ってカフェデビュー

一方で、実際にペットと移動してみると、交通手段や立ち寄れる場所など、日本にはまだ不便を感じる場面もある。20年以上日本で暮らしているからこそ、日本の素晴らしさだけでなく、こうした「もっと変わっていける部分」にも目が向く。
Laisさんは、日本を何でも完璧にそろった国として見せたいわけではない。それでも、日本の文化を守る姿勢や、季節の移り変わり、都市の外に広がる風景、日々の暮らしの中にある小さな心遣いを、世界の人に伝えたいと思っている。

Laisさんの3004-M-WIDE iCO+

13歳の時、ロボットの国を想像して日本へ来たLaisさん。
最初に見つけたのは、未来的な都市ではなく、静かな田んぼと、想像以上に暑い夏だった。それから長い時間をかけて、暮らしている人にしか見えない日本を見つけてきた。今度はその日本を、自分の言葉で誰かに手渡していく。

英語を通じて、生徒たちに新しい選択肢を。
旅を通じて、まだ知られていない場所との出会いを。
そしてSNSを通じて、世界の人々に、観光地だけではない日本の姿を。
Laisさんの旅は、自分が遠くへ行くためだけのものではない。
誰かの世界を、少しだけ広げるための旅でもある。

インタビュー・執筆:斉 真希
※インタビューは英語で実施し、AIによる日本語翻訳を参考に、著者が編集・執筆しています。一部、読みやすさを考慮して表現を整えています。

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